対話とモノローグ

弁証法のゆくえ

「ロドスは前座、薔薇が真打ち。」の「は」と「が」

 助詞の「は」(副助詞)と「が」(格助詞)は、「客観的世界の事物を直接的に指す言葉」ではなく、それらを関係づけ主体的にどう結びつけるかを表出する言葉である。それは指示表出語ではなく、自己表出語である。関係を表出するのである。

 「ロドスは前座、薔薇が真打ち」の「は」と「が」は、大野晋氏の既知・未知説と相性がいい。(『日本語の文法を考える』参照)

 ◆「は」の前には、既知のもの、既知と扱うものがおかれ、「は」の後には、何か知られていない情報が加えられ、「は」の前の題目についての説明となる。

    ロドスは前座、

 ヘーゲルが『法の哲学』の序文でイソップのロドスを引用していること、そしてそれはマルクスにも影響を与えていることはよく知られている。しかし、ヘーゲルにおいて、ロドスは最も重要なものではなく、最も重要なものを引き出す端緒にすぎない。

 ◆「が」の前には未知のもの、未知と扱うものがおかれ、「が」の後の言葉に対して、「が」を含む前の言葉が新しい情報を加える。それは発見や驚きや気づきの表現となる。
   春が来た!
   白菜が安い!
の「春が」は春を発見した喜びの表現であり、「春」は未知扱いされた。また「白菜が」とは驚きの表現である。
    薔薇が真打ち。

 「薔薇が」は、気づきの表現である。これまでロドスの陰に隠れ光があたってこなかった薔薇こそが、ヘーゲルにおいて最も重要なものであるという発見。マルクスに引き継がれたのも、この薔薇である。

   ロドスは前座、薔薇が真打ち。


   ひらがな表出論